演出ではなく、諸般の事情だったようです。
『涼宮ハルヒ』のエンドレスサマー
ぶっちゃけ、私は
夏の間ずっとアレが続くと思っていました。
まぁ、あれだけ放送してて進展がないとなると、
ファンでもキレるのは当然でしょう。
言えるのは、放送の時期を間違えたってことです。
再放送を7月まで続けて、夏休みの間
延々と繰り返し放送してれば、今のような状況にならなかったはずです。
製作者が、繰り返しの美学ってのを理解していなかったのが
最大の問題ですね
延々と繰り返すのは、ただのコピペ。
とりあえず1回目はいいとして
2回目は、まったく同じ内容で放送
3回目は、例えば長門のいってた
「盆踊りに行ったけど金魚すくいをしなかった」ケースを流せばOK
4回目は、別のケース、例えばバイトしないとか
5回目は元通り
これくらいやれば、いいんじゃないでしょうか?
アドベンチャーゲームのテンプレートに従って
各話で脱出のヒントをそれぞれ別個に見せれば、だれも文句は言わないでしょう。
他にも、
十字路で起こった交通事故をそれぞれの路からのぞくとか、
繰り返しの美学って、そういうことでしょう?
また、
ハルヒが無駄なものはどんどんそぎ落としていって、
ハルヒの想像する夏休みには必要ないものが、どんどん消えていくとか
たとえば、まったく知らないアフリカの国とか、
北半球から見ることのできない星すべてとか、
彼女の行動範囲外の、領域すべてとか
彼女が意識の対象としない、すべての対象とか。
記憶の断片がこぼれおちて残るというなら、
逆にこぼれおちて再生できなくなった記憶があってもいいでしょう
妹の名前がわからなくなるとか。
肉体的にもそう、すべての人の右目がなくなってるけど
それに対して違和感を感じないとか。
今回の騒動は、結局『ハルヒ』はよくできた学園モノであって、
ポストエヴァ足りうる資格はなかったってことが
よりはっきりと示されたケースだと思います。
作品それ自体のポテンシャルは、
アニメ化する前からのファンからグダグダ聞かされてるので、
まぁ、あると思ってもいいでしょう。
でも、それをアニメにする側のポテンシャルは、どうでしょうか?
1期は話題になった、
そう感じる人もいるでしょうが、
私からすれば、あれはデキレースとしかいいようがありません。
某所でそれを眺めていましたが、
アレは『エヴァ』を直で知らない子供たちが
10年たつのにエヴァ以降が全然現れないアニメ界においてつねに言われ続けてきた
「エヴァはすごかった」「日本中がなんか変な空気だった」
というエヴァ旋風に反抗したい子供たちをいいように利用した結果ですよ
まぁ、子供っていうかガキですが
でもまぁ、制作側に問題があるだけ、まだ言い訳できますよね
ポストエヴァ足りうるポテンシャルがあると。
ある意味、今だにポストエヴァがないアニメ界そのものを
端的にあらわしたアニメ、というポジションが適切なんじゃないでしょうか?
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