2009年10月13日 (火)

夢の終わり、旅の終わり

まさに、

人の死は、残されたものが(以下略)

 

まぁ、2年前から脳梗塞で左半身不随で、寝たきりで

入院してから他界するまで

一度も食べ物を口にすることなく、

覚悟、

なんてものは最初からあったわけですが

それでも、ね

死に顔が安らかだったのが、幸いです

 

しかしまぁ、

役所も死亡届の受理だけはやけに手際がいいですね

あれほど丁寧な対応されたのは、初めてです

しかもスピーディ

 

すべては心の中だ

いまはそれでいい

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2008年12月 1日 (月)

今は亡き王国の電車

0系

引退です

本当にご苦労様でした

 

こだまとのツーショットを撮ったことの無い人は

一生後悔すること間違いなし

日本人なら、だれでも一度は

 

まぁ、新幹線の止まる駅を全て覚えるとか

そこまで病的ではなかったですが

それでも存在感はあったし

夢の超特急に恥じない、その美しさ

高速化とか飛行機との戦いとか技術的な問題など

様々な障害を目の当たりにした結果、引退

受け入れるしかないでしょう

 

個人的には100系が好きだけど

「こだま」というネーミングは本当に素晴らしい

それにくらべて「N700」は・・・・・・・・・・・・・

ともかく

おつかれさまでした

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2007年11月14日 (水)

風説と共に去りぬ

シャボン玉とんだ やねまでとんだ

という「シャボン玉」の唄。

この歌は間引きされた子供の魂を鎮めるための唄、という人がいます。

他にも

花一匁は子買いと農家の唄とか。

 

まぁ、どちらも真偽の沙汰は不明ですし、だからなんだといわれればそれまでですが。

「かごめかごめ」は徳川埋蔵金のありかを示した唄とか。

こういう話ってみんな好きなんですよね。

 

1番流行ったのはどう考えても「口裂け女」

ほとんどの人が知っています。

ただし「ポマード」や「べっこう飴」などのキーワードがあったりなかったり。

私の知ってる話の「口裂け女」は「美容の手術に失敗して口が耳まで裂けてしまったので病院と執刀医が憎い。しかしその病院にはポマードの臭いが充満していたのでポマードという単語からあの病院を思い出してしまうため、ポマードと唱えると逃げられる」なんですが、

人によっては「美容外科」ではなく歯医者だとか、ポマードは病院の臭いではなく執刀医の先生の髪のにおいだとか。

「口裂け女」は「べっこう飴」は好物なので、「べっこう飴」をあげると見逃してくれる、という話もなかったり。

でもみんな知ってることは知っています。

 

「トイレの花子さん」も有名すぎますが、「花子」という名前ではなくほかの名前で知っている人もたくさんいます。

しかし「花子さん」で通じることから、メインは「トイレの花子さん」ではないのでしょうか。

 

「こっくりさん」も同じく。

でもどちらかと言うと「エンジェルさん」で知っている人のほうが多いかもしれません。

「キューピットさん」も少しは。

「こっくりさん」は狐を呼び出すわけですが、他の二つは一体何を呼び出しているのでしょうか?

まぁ、みな1度はやったことがあり、結局何も起こらなかった、というのが大概の結論ですが。

 

 

実はこれらの話、どうも今の世代には通じないらしいです。

20代前半の人はほとんど知っているみたいですが、今10代の人は知らない人が多いらしいです。

実際、親子の会話が成り立たなかったり、逆に説明を求められることもあるらしいです。

こういう話は兄弟、姉妹、友達、そういったところから流れてきていつの間にか定着するもんだと思っていますが、途絶えてしまった世代があるようです。

まぁ、都会も田舎も明るくなり、自販機やコンビニがたくさんあり、「闇」そのものを見る機会が減っているのは事実。

それに学校は昔と違い、ただ行って帰ってくるだけの空間になってしまいましたからね。

途絶えていくのは仕方ないにしても、伝える努力はしたのかと、たずねてみたいものです。

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2007年8月24日 (金)

童話じゃなくて寓話の域かも

『うわさのズッコケ株式会社』という本が1986年7月に第1刷としてでています。

ズッコケシリーズなので読んだ方は多いと思いますが、この本の内容は驚くことに、現在でも十分通用する内容となっています。

 

まぁ、いつもの3人組が株式会社を立ち上げる話なんですが、問題のラスト。

売上金の分配の時、社員の給料を考えずに売上金を株主たちに分配しようとしました。

まさに今の、株主至上主義。

株主に金を払うために社員の給料を減らす今の時代を、見事に予見していたと考えてもいいでしょう。

話としては優秀な大株主たちの提案で社員の給料は支払われることになりましたが、現実は小学生にも劣る株主ばかり。

那須正幹氏の高い先見性と憂慮に頭が下がるばかりです。

 

 

ズッコケはほとんど読んでいますが、やはり1、2を争う屈指の作品は『ズッコケ未来報告』と『ズッコケ学校の怪談』でしょうね。

『未来報告』のほうは、まさか安藤圭子と結婚するとは思ってもいませんでしたが、最終作で否定されるあたり、結構影響があったようですね。

『学校の怪談』は全校を巻き込む話、そして閉じた空間、いわゆるセカイ系の話として非常に優れた作品だと思います。

昔から伝わっている話を元に物語は展開するわけですが、少し前から進んでいたベットタウン建設のため親と子が同じ小学校に通わない子供が増えている一方、“学校の怪談”が死滅していっている今、この話を読む子供は内容がよく分からないでしょうね。

まことしやかに伝えられる噂ってのは、今思えば信憑性が無いにもかかわらず、自分の行動を支配していましたからね。

ある時間に階段にある鏡の前を通ると10年後の姿が映る、なんてよくある話なんですが、やはりその時間になるとその階段は利用しないようにしていました。

 

おそらく、こうやって目に見えない何かに縛られるってのを覚えていくんだと思いますが、今の子供たちはどうなんでしょうか?

まぁ、ゲームの世界で自分はこうしたいのに何も出来ない、っていう感覚は味わえるはずなので、そこから学んでいくといいかもしれません。

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2007年8月 3日 (金)

どこにもない『正義』を、みんなで見よう

あなたは自分のルーツを知っていますか?

 

という質問をしていい人としてはいけない人がいます。

詳しくは言いませんが、これを差別発言だと感じる人がいるからです。

こちらとしてはそんなこと考えたこともありませんし、実際に差別したこともありません。

まぁ、人類の起源だとか、そういう話だとまったく問題ありませんが。

 

 

人類のルーツはアフリカで決着が付きそうですが、私の思いこみでは誕生地は南極大陸。

いまは厚い氷に覆われていますが、昔は暖かかったんだと思います。

もちろん大陸は今と違って、南極からアフリカへは歩いて渡れたんだと思います。

そして一部の人類がアフリカに、そして一部の人類が船を使って南アメリカ大陸に。

 

つまり黒人、白人は南極からアフリカ大陸に。

黄色人種は南極から南アメリカ大陸に。

そして一部は北アメリカに、一部はオセアニアを通ってアジアに辿り着いたと。

つまり“グレートジャーニー”を逆向きに流れていった、と考えたほうが面白いのでそう思っています。

 

 

昆虫はどうやらルーツは不明のようですね。

アノマロカリスなどから進化したと考えられているようですが、本当なんでしょうか?

宇宙からやってきたと考えたほうが、いいじゃないですか。

レギオンみたいに。

どう考えても「大勢であるが故に」ですよ。

ちなみに日の当たる所で最強を誇るのは蜘蛛だそうです。

昆虫ではありませんが。

 

 

私のルーツの中の一人は、旧日本海軍の某駆逐艦の航海長だったようです。

無論、死んで帰ってきましたそうですが。

駆逐艦の名前で検索すれば普通に出てきますが、死んだ人の名前なんて出てきません。

出てくるのは大和とか、有名どころのものばかり。

戦争ってこんなもんなんですよ。

民間の商船会社にいたのを紙切れ一枚で呼び出された結果、だそうです。

 

原爆の日に広島には行かないようです、安倍総理。

小泉時代からの悪しき風習に乗っているようですが、代理に派遣されるのは柳沢厚生労働大臣・・・・・。

もう好きにしてください。

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2007年3月12日 (月)

鏡に映った親子

街なかであったある親子の話をしましょう。

 

住宅地の中を車で走行中、信号のある交差点に差し掛かりました。

信号の色は赤。

私はそこで右折したいのでウインカーを出して停車します。

そのとき、右側の歩道に小さな男の子2人と母親がいるのに気がつきました。

私の信号は赤なので横断できるはずなんですが、渡ろうとしません。

ということは、信号が青に変わるのを待っているんだなと思い、信号が変わってもすぐに発進しませんでした。

ところがその親子は横断歩道を渡ろうとしません。

それどころか信号が赤のほうの横断歩道を向いて、母親が必死に子供に手を振るように男の子の手を掴んでいます。

渡る気が無いと思って前から車が来ていないことを確認して右折しました。

すると後ろからこんな声が・・・・。

「公明党、公明党でございます」

 

小さなスーパーでの話です。

一番上のお姉ちゃんでも小学1年生ぐらいと思われる3姉妹がおやつ売り場の前で会話していました。

どうやらお菓子を買ってもらえることになったそうですが、お姉ちゃん曰く「50円まで」だそうで、下2人が必死に50円以下のおやつを探していました。

見つからなかったのか、お姉ちゃんは別の安売りしているものが並ぶレジのほうへ探しに行きました。

ところが見つからなかったようでまた戻ってきました。

とそのとき、1番小さな女の子が「あった~!」と叫び、「これやったら50円で買えるやん!」と満面の笑みでお姉ちゃんに走りよりました。

そのときの笑顔といったら・・・・、それだけで今週1週間は戦えます。

 

 

正しい答えは無いと思います。

が、間違った答えはあると思います。

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2007年2月21日 (水)

最近は高くなりましたが

今でも自転車に乗れない人がいます。

まぁ、子供の頃にケガをしたとかそういうトラウマがもとの方々が大半ですが。

 

私は潰れたパチンコ屋の駐車場で練習しましたね。

というか無理やりさせられましたが。

おそらく4歳の頃だと思います。

自転車に乗ろうとしたのは。

 

アスファルトって痛いんですよね。

地面は一見固そうに見えて、実はとてもやわらかい。

アスファルトの上でこけると本当に泣きそうになるぐらい痛かったのを覚えています。

おかげでたった1日で自転車に乗れるようになりましたが。

いまはこんな場所で練習なんて出来ないでしょうね。

公園も少ないですし、なによりパチンコ屋が儲かりまくってる時代ですから、潰れた跡地を探すほうが難しい。

 

補助輪つきの自転車を最初にのった、という人もいますが、私の場合その補助輪つき自転車のことを『三輪車』だと教えられていましたからね。

大きくなった三輪車だと、決して自転車ではないと、いわれました。

そのお陰かどうかはしりませんが、バランス感覚だけはいいようで。

まぁ、小学生の低学年でこの間違った価値観を修正しましたが。

 

安全、安全といっていますが、それが本当に子供のためになるかどうか。

無菌室の中で育てられたモルモットは外界に触れるとすぐに死んでしまうようですし。

補助輪つきの自転車を買い与えるより、何もついていない普通の自転車を買い与えたほうがいいと思います。

マイケル・ムーア監督でしたっけ。

「男の子は、けがにも対応している保険さえかけておけば十分」といったのは。

その通りですね。

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2007年2月 2日 (金)

名前を呼んで

なんかAmazonから

『少女魔法学リトルウィッチロマネスク ~アリアとカヤと黒の塔~』なる商品の案内メールが着たんですけど・・・・・・・。

いくら大人気だと煽られても凄いニオイがするんですけど・・・・・・。

PC版からの移植らしいので、エロゲの移植版?

アルトネリコもタイトルだけで引きましたし、ほんと名前で損していると思います。

まぁ、まともな名前なら見向きもしませんが・・・。

 

さて、あなたはどれくらいお金を信仰していますか?

ただの紙切れ――火をつけるとあっという間に灰になる紙切れ――にしかるべき機関が“1万円”と刷ってあれば、それは1万円の価値があるわけです。

その紙を何枚も集めると金になったり、ダイヤモンドになったりするわけです。

もしタイムマシンがあったとして、この紙切れを数枚もって古代エジプトに行ったとしてもまったく相手にされないでしょうけど、金ならきっと食べものぐらいなら交換してくれるでしょう。

株券なんてさらにそれ以上ですよね。

紙切れに希少な鉱物が使われていて、その鉱物はもう掘りつくしちゃったから価値が上がったり、逆に新しい鉱脈が見つかってしかも最大級の鉱脈だったから価値が下がったり。

そういうわけではなく、会社の業績によって価値が変わるわけですよね。

業績といえばいくら儲かったか、つまりお金。

そのお金で変動するわけですから、もう何がなんだか。

最初に紙幣を考え出したのが元の皇帝という話がありますが、どうなんでしょうか?

 

つい先日、スーパーで買い物していたときのことです。

中学生が着ていそうなウインドブレーカーを着た女の子とそのお母さんらしき人会話をしていたわけですが、

母「今日のおかず、なにがいい?」

女の子「ボク、これがいい」

母「それじゃぁ、これにしましょう」

・・・・・はじめてみましたよ、ボクっ子。

漫画やアニメでおなじみのキャラなんですが、実物を拝んだのは初めてです。

お母さんのほうも普通にしてましたし、本人も周りを気にしているわけではなかったので、きっとかなり前からそうなんでしょう。

お母さんの暖かさ、これも一つの愛の形かな、と思いました。

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2007年1月29日 (月)

“当たり前”

給食費未払いが問題になりかけていますが、何度か通った道でしょう。

まぁ、確かに給食には利権団体がワンサカといて、そういう団体に官僚が天下っていることはほぼ間違いないでしょうけど、これとは話は別。

だいたい義務教育ってのは『親が子供に教育を受けさせる義務』のことであって、「義務教育なんだから給食費を払わなくてもいい」なんていってる人は、自分が子供のときにしっかりと憲法を教えてくれなかった可哀想な人なのか、それとも日本語が読めない、理解できない人なのではないか、と邪推してしまいます。

ほんと、どこかの“国”みたいに親になるために資格試験に合格しないといけなくなるんでしょうかね?

 

最初に給食費というものを導入したとき、きっと今のような問題が出てきたんでしょうね。

「おにぎり1個持たせればいい」とか「そんなお金、うちには無い」とか。

でも最初だからきっと粘り強く説得したんだと思いますよ、過去の先生は。

今『食育』という言葉が出てきていますが、昔にはなかった言葉ですからね。

だいたい給食費ってのは、どう考えても普通の食費よりも安いですから。

安い値段でお替りさえできるのが学校給食。

そう、今の給食制度は先人達の弛まぬ努力と汗の結晶なんですね。

学校に行けば給食が出る、ってのは“当たり前”のことだけれども、それを“当たり前”にしてきた経緯があるわけですよ。

ところが時間が流れて当時の人たちがいなくなると、なぜそこにあるのか知らない人が出てくるわけです。

それが今の給食費問題の当事者。

そこにあって“当たり前”なんだから、別に問題は無いだろうと。

そういう人たちが出てくるってことは成熟しているわけですよ、この制度が。

 

成熟期にするってのは簡単なことなんですよね。

育てていれば間違いなく成熟期にはなれます。

それがヌメモンだったりスカモンだったりする場合もありますが。

でも完全体にするためにはテイマーの腕が必要なんですよね。

特別な条件を満たさないと進化しないわけですから。

まぁ、完全体に進化させられないテイマーがへぼいんじゃなくて、完全体に進化させられるテイマーが凄いってことなんですけど。

つまりこの制度を完全体にするためには、私達が努力する必要があるってことなんですよね。

 

世界史の未履修問題も同じこと。

近代化するために、もしくは戦後復興の礎として、外国の歴史にその答えを求めたのも肯けます。

ところが先進国と呼ばれるようになると、自国より劣っている国の歴史から何を学ぶのか、という考えを持つ人も出てくるわけです。

 

“当たり前”になっているものは、それを“当たり前”にするために努力した人がいるってことなんですよね。

人権、人権と叫んでばかりの人がいますが、この人権だってまさに先人たちが血を流して獲得した“当たり前”のことなんですよね。

なぜその“当たり前”は、そこにあって“当たり前”だと思うんでしょうか?

そこにあって“当たり前”であるように努力するのが“当たり前”なんだと思いますけど、どうなんでしょうか?

まぁ、憲法も知らない人と論じることができるのかわかりませんが。

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2006年11月 8日 (水)

人の拡散

推定年齢が1歳ぐらいの赤ちゃんを右腕に抱いて、左手だけで必死に漫画を立ち読みしている女性を見かけました。

ちらりと見ただけでしたので、赤ちゃんは眠っているのかどうかわかりませんでしたが、大変そうでした。

そこまでして読みたい漫画があったのか、それとも右腕を鍛えているのか?

まぁ、1年ぐらい続けるとムキムキになるでしょうね。

『子育ては戦争だ』とはよくいったものです。

 

休日、電車に乗ると子連れの女性が結構いたりします。

もちろん近くに夫がいるのだともいますが、女性だけでいるのもなかなか多い。

不思議なのはその女性たちがケータイでメールをしていることです。

まぁ、メールぐらいたいしたことはないのでしょうけど、その頻度が凄い。

ゲームしてるんじゃないか? なんて思ってしまうぐらいひっきりなしにメールを打っています。

新婚ほやほや、それともいまだに新婚さん気分でいて、夫が恋しくて数分に1度は“つながって”いないといられない女性もその中に入るでしょうけど、一体誰にメールをしているのでしょうか?

友達にしても相手がよほど暇なのか、それとも複数の友達に送っているのかわかりませんが、電車を降りたらメールを止める人も結構いますし。

人のメールの送信先を知りたい、というのは欲求でとめておかなければいけない代物ですが、私はそういうことをする人間ではないのでつい気になってしまいます。

 

正直言って、ケータイなんか持ち歩かなくても十分ですからね。

よほどのことが無い限り、私は携帯しません。

支障をきたさないようにうまく制御していますからね。

まぁ、周りにメール狂の人物がいないだけなのかもしれません。

というかケータイがなかったときからの付き合いの人とは、ケータイを利用しなくても交友関係を維持できますし。

そういう意味では、『友達=メモリに登録されてる』と思っている人がいることに寂しい気持ちを覚えますね。

 

人の顔をおぼえてくれる機械が一般的になり、だれもがその機械を利用している世界。

機械が顔見知りかどうかの判定をし、「○○さんです」と耳元でささやいてくれればそれで十分。

しかしその機械に欠陥があり、全部の機械が故障してしまった。

誰が誰だかわからなくなり、自分の家族や知り合いまで顔を見ただけではわからなくなった。

なんてショートショートありませんでしたっけ?

面白くありませんけど、ケータイが全て使えなくなったら一体何人がそれを原因として自殺するでしょうか?

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2006年10月26日 (木)

出会うはずのない二人が出会ってしまった

あの女児誘拐事件、女児が出会い系を利用していたという話が出ていますが、私は信じません。

といっても事実がそうであれば、話は別ですが。

小学生の分際で、といえば失礼かもしれませんが、まだまだ子供です。

 

どうして利用していたのか不明です。

私は赤の他人ですし、ご両親もわからないと思いますが、何故利用したのか。

聞いた話によれば、出会い系で釣れる男を楽しんでいる小学生がいる、とのことでしたが、そうであれば出会う必要なんて無いはずです。

お金が欲しいにしてはあまりに幼稚。

結局出会い系に登録しているという“ステータス”が欲しかったのでは?

 

なんて考えてみましたが、子供の考えはよく分かりません。

自分も子供だった頃があるのだから、理解できるはずなんですけど、それができないのは子供心を忘れてしまったからでしょうね。

これが大人になるってことでしょうかね。

 

出会い系にいる男女は全てまともでは無いというのが、私の考えでして。

あのお見合い広告のほうがまだましのような気がするぐらいですから。

お昼の『ピンポン』でネットの低年齢化、って言葉が出てきましたが、確かにそうなのかもしれません。

確かにテレビやゲームは制限時間を設けているところが多いのに、パソコンやネットに関しての制限をしている家庭は少ないでしょう。

子供がそんなことするわけ無い、と勝手に思い込んでいるのでしょう。

この事件はイラクに行くことと同じ程度の自己責任だということをご両親は理解しているのでしょうか?

まぁ、1番悪いのは誘拐した男であることには間違いないのですが。

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2006年9月15日 (金)

宇宙飛行士はあるのに

「パパァ~、ママァ~。わたし、大きくなったらケーキ屋さんになりたい!!」

 

いつから小さな女の子の将来の夢は『ケーキ屋さん』や『花屋さん』が大きな割合を占めるようになったのでしょうか?

まぁ、確かに魅力的な仕事ではありますが。

 

聞いた話では、昔の花屋にはそれほどの魅力を感じなかったようです。

というのも今みたいなイメージではなく、

お盆やお彼岸、年末年始などに仏花を売りにくるぐらいしか接点が無いため、日ごろは何をしているのかわからなかったそうです。

ですから花屋になりたいとはまったく思わなかったようです。 

 

ケーキ屋さんのほうは、小さな子供はケーキが好きですからその影響かもしれません。

もっとも子供の頃の夢というのはただ色あせていくだけですからね。

大きくなるにつれて親のプレッシャーと現実を知るようになりますからね。

 

男の子はウルトラマンや仮面ライダーが一番でしょうか?

何年前の話をしているのかわかりませんが、コレぐらいがちょうどいいのではないのでしょうか?

お祭りに行ってウルトラマンのお面を買ってもらってはしゃぐ子供は真っ当な大人になりますよ、きっと。

不思議なのはガンダムのパイロットになりたい、という子供がいないことです。

もうΖでさへ20年たっています。

あのころ子供だった人も大人になり子供がいても不思議ではないのですが、まったく聞こえてきません。

親が見せていないのでしょうね。

もしくは見せても引いてしまうのでしょうか? 

まぁ、いきなりあんな話をされても面白くないでしょうから、興味が湧かないのでしょうね。

ですが将来のことはわかりません。

人によっては『そうなったら終わりだ』と思うかもしれませんが。

やはり女の子は『魔法使い』ですよ。セーラームーンです。

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2006年8月11日 (金)

認識観の乖離

子供、とくに幼児は不思議な認識能力があるようです。

 

ジュースの入れ物の中に消しゴムを入れておきます。

もちろん外見はジュースのパックなので、知らない人は「ここに何が入ってると思う?」と聞かれると「ジュース」と答えるでしょう。

でも種明かしをすると簡単に理解されて、「ここに何が入ってると思った?」と聞かれると「ジュース」と答えるでしょう。

しかし幼児、特に3歳ぐらいの子は最初はジュースだと答えていたくせに、あとの質問では「消しゴム」と答えるそうです。

 

つまり消しゴムが入っていることを知った後では、自分はこの中に「ジュース」が入っていると思っていたことを忘れてしまうそうです。

つまり『ニワトリは3歩歩くと忘れてしまう』と同じことで、何かあってもそれを上書きする何かがあると簡単に忘れてしまうそうです。

 

ということは、親の側では当たり前のことでも子供にとっては全然違うものであり、認識が乖離しているということです。

そういう子供独自の価値観を認めることができるか、ストレスを感じてしまうかは親の感性しだい。

大家族の利点って、親以外にも人間――経験のある大人――がいることなんですけどね。いまは無理ですがね。

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2006年7月13日 (木)

他人と自分の評価

小学校低学年のときには、自分が自分を評価したときの内容と、他人が自分を評価したときの内容が大きく食い違っているそうです。

ですが、高学年になるにつれてどんどん評価が同じになるようです。

 

どういうことかというと、自分では算数が出来ると思っているのに、友達や先生は出来ないと思っている、といった感じです。

高学年になると、自分も算数が出来ないと思っているし、周りもそう思っている感じです。

 

どうやらこれは、自己の客観視ができるようになったということで、肯定的に捕らえる傾向が強いようですが、結構な驚きですね。

つまらない思考しかできない私にとって、小学校高学年になってしまうとがらん締めにされて身動きが取れなくなってしまうとしか考えられません。

いうなれば、洗脳、侵食、取り込み、同化などで周りの評価がいつの間にか自分の評価だと勘違いしているようにしか思えません。

資料は中学校1年生で止まっていましたが、もし中学2年までのデータがあったら、碇シンジ君の分析ができたのに・・・。

でもほとんど同じだとしたら、自分の評価=『ボクは要らない人間なんだ』≒他人の評価=『キミは要らない人間だよ』という残酷な方程式が成り立ってしまいます。

いくら自分の持ちよう、世界の感じ方で可能性が広がるといっても、それは幻でしかないということでしょうか・・・。

シンジ君は生きていけませんね。

 

逆が成り立つかもしれません。

自分の子どもが算数が出来ないと思っているのなら、なんとかして周りに算数のできる子供だと思わせれば、いつかは算数ができる子供になるかもしれません。

ですが、逆は必ずしも真ならず、ですから。

 

医者や政治家の子供は小学校高学年までにエリート意識を植え付けられるのですね。

そしてそれが周りの評価になり、鋳造のように同じ型でしか生きられなくなるとか。

幸せ、なんでしょうね。

 

俳優だか歌舞伎役者だかわかりませんが、飲酒運転で捕まったようですね。

芸能界ってこういう人間が多いのか、それともただ報道されるだけなのかはわかりませんが、飲酒運転は麻薬をキメルよりも質が悪い、というのはマイケル・ムーアの持論だそうです。半分納得ですね。

彼って、結婚してたよね?

それで隣に女性が乗ってたってことは、浮気?

でもそれは夫婦間の問題ですよね。まぁ、芸能界の人間に常識を求めていませんから。

あまりの暑さで頭が焼けたのでしょうか? それともアルコールで溶けた?

 

噴水で遊んでいる子供を見るとつい微笑んでしまいますが、本来はもっと別の場所で遊ぶべきなんですよね。それをなくしたのはその子供たちの親ですが、それを見守るのも親。

人間は鼻と口が浸かる程度、くるぶし程度の水でも簡単に死ねますから、子供が水で遊ぶ場合は十分注意してあげてください。

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2006年6月29日 (木)

努力ということ

日本とアメリカでは『算数』に対する考え方が違うようです。

日本人は算数ができないのは『努力が足りないから』という理由が一番多いそうですが、アメリカでは『能力、努力、教諭の指導力』の総合判断だそうです。

 

努力というのは、痛みを伴うものです。

実験により、『努力しても報われない』『1度の努力で報われる』『10回程度の努力で報われる』の3パターンで1番ストレスがたまるのは、『10回程度の努力で報われる』だそうです。

努力とはやりすぎると大変なことになるということです。しかし努力を否定するものではありません。

 

金持ちの娘が誘拐されるという事件が起こりました。

医者の息子が放火するという事件が起こりました。

 

よく言われることだと思いますが、『敷かれたレール』という言葉があります。

私は『金持ちはレールを敷くことができ、貧乏人はレールを敷くことができない』と勝手に解釈しています。もっとも『貧乏人』という言葉は悪いと思いますが。

『敷かれたレールを走るしかないのが、金持ち』で『レールを1から創らなければいけないが、うまくいけば電車じゃなくて飛行機に乗れる貧乏人』と言い換えることができるかもしれません。

 

子供は自分の複製であることには同意しますが、だからといって自分ではありません。自分ができること、自分ができたことを子供ができるとは限りません。そしてそれ故に、子供は自分のできないことをやり遂げることもできるのですが。

子供に金だけを与えて育てた気になってる親と、子供を自分の劣化レプリカにすることが子供のためと思っている親。

 

よくアニメや漫画で暴力シーンが出てくることがあります。そしてそれに抗議する親や団体がいることも知っている方は多いでしょう。

では何故彼らは抗議するのか?

『アニメや漫画の影響を受けた“不良”が自分の息子や娘に危害を加えることを怖れている』のであって『自分の息子や娘が“不良”になることを怖れている』わけではないのです。

子供には全て親がいるわけですが、その“不良”にも親がいるわけです。その親は何を考えているのでしょうか。

 

どうしても子供というのは自分の半分の遺伝子を持っていますから、近親憎悪を感じることは理解できます。

ですが親であるあなたも子供だった時期があり、そのとき親をどういう目で見ていたのかを思い出してください。

 

いつだったか、面白い詩をよんだんだよね。もう覚えていないけど。探してみるかな?

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2006年6月 8日 (木)

フルハウスはゲームによって倍率がちがうけどそこそこ強い

火曜の7時からNHK教育でやってる『フルハウス』

私は大好きで、銀魂が始まるまでは見てました。

 

さすがに迷いましたが、『フルハウス』は再放送なので銀魂を取りました。

ですがいいですね。話も人物も大好きです。

 

展開がわかっている分、より深く楽しめるというおまけ付き。

再放送してよかったと思えるものの、一つです。間違いありません。

『CCさくら』も再放送ですし、NHKは過去に優れた作品が多い。

それをどんどん出せばいいのです。

ですから『生き物地球紀行』をぜひとも再放送していただきたい。

もちろん全話ですよ。あの番組は『神』といってもいいぐらいのものです。

 

CDは『Believe』だけもっていますが、OPのロングヴァージョンが素晴らしい。

不思議なことにあの曲を聴くと、『サイザー』のことが思い出されます。

『君は僕に似ている』は『UMA』のことが思い出されるし・・・・・。

『飛び出せ!ヒーロー』はドラゴンボールの曲とは思えないぐらい、いい!

音楽って不思議ですね。

 

結局過去の作品は補正が入ってより素晴らしいものだと感じるものですが、

古いものはいいですよ、本当に。『亜麻色の髪の乙女』はもちろん古いほう。

でもそれって、時間の流れを感じるんですよね。

『当時の曲』を聞くと当時のことが思い出されるということは、

『宝玉』みたいな性質を持っているということですね。

その間だけは、過去に行くことができる。

『宝玉』というより『使い捨て宝玉』のような感じですね。

曲が終わるといやおう無しに現実に戻ってきますから・・・。

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2006年5月23日 (火)

これが本当なら笑えない『聖書』の話

じゅんこ(以下「じ」)「ただいま~」

ママ(以下「マ」)「おかえり~。どこまで散歩してきたの?」

パパ(以下「パ」)「ちょっとそこまで」

マ「・・・・、じゅんこ?ちゃんと手を洗いなさいよ」

じ「は~い。おやつある?じゅん、プリンがいい」

マ「しょうゆせんべ」

じ「・・・・・・・」

マ「どうせおとうさんにおやつ買ってもらったんでしょ?」

パ「そうそう、ちょっとそこで『新約聖書』もらってきたんだ」

マ「ハァ?そんなのもらってどうすんのよ」

パ「いやぁ~、『ヨハネの黙示録』とか、『レギオン』とかさ」

マ「『私たちは大勢ですから』はそんなにおもしろいの・・・。

  だいたい、いい年した大人がそんなもの読むかな?」

パ「ちょっと前に『毛沢東の私生活』っていう本を読む女性がいたよ」

マ「・・・・・・・」

 

ということで、『聖書』の話です。

どうやら『旧約聖書』にも『新約聖書』にも

奴隷制を非難する文章がない

ということです。とある本に書いてありました。

不思議に思ったので、『モーセの十戒』を調べてみました。

『旧約聖書』のものですが、とりあえずいいでしょう。

それから『カトリック』のものを挙げたいと思います。

  1. 神の他に、なにものをも神としてはならない。  
  2. 神の名をみだりに唱えてはならない。                 
  3. 安息日を覚えてこれを聖とせよ。              
  4. 父母を敬え。                       
  5. 殺してはならない。                         
  6. 姦淫してはならない。                     
  7. 盗んではならない。                         
  8. 隣人について偽証してはならない。 
  9. 隣人の家をむさぼってはならない。
  10. 隣人の妻をむさぼってはならない。 

どこにも『奴隷』についての言及がありません。

どうやら古代ローマ時代は『奴隷制を当然』だと思っていたそうです。

キリストでさえも・・・。

 

笑えませんね。                   

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2006年5月 1日 (月)

結構ジーンとくる

とある高速バス乗り場にて、その日は雨だったけれども・・・。

 

「雨降ってるから、あんまりそっちに行ったらあかんで」

「うん。どこでもドアがあれば、あっという間やなのに」

 

あぁ。なんという会話でしょう?

え?そう感じない?

だってまだ10歳ぐらいの女の子がさらりと「どこでもドア」というのですよ。

確かにあったほうが便利だと思うし、ぜひあってほしいんだけど、

無理なんだよね、今の科学では。ぜひ彼女が大きくなって作ってほしい。

 

まぁのほほんとした空気だったのよね。あの瞬間は。

あの会話を聞いていた人たちは、みんな雨の中でバスを待っている人ばかり。

そんな人たちに「うるおい」を与えてくれたあの女の子に乾杯!

 

あんな子供がいるから、まだ人間でありたいなぁと思うんだけどね。

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2006年4月18日 (火)

かやねずみのチュルリ

パパ(以下「パ」)「拉致被害者ってさ、北朝鮮にいるんだよね」

ママ(以下「マ」)「いまごろなにいってんのよ、あなた」

じゅんこ(以下「じ」)「きたちょうせん、て何?」

マ「じゅんこはまだ知らなくてもいいの」

パ「Democratic People's Republic of Koreaのことだよ」

マ「そんなことじゅんこがわかるとおもっているの?」

じ「えっと、でも・・・ぴー・・・?」

パ「大丈夫だよ、じゅんこ。学校に行ったらおぼえられるからね。

  だから絵本でも読んでなさい。それともケロロ軍曹でも見る?」

じ「絵本がいい。かやねずみのチュルリとって」

パ「チュルリがいいのか、じゅんこは・・・・」

マ「あなた早くとってあげなさい!!」

 

「かやねずみのチュルリ」をご存知ですか?

児童向けの絵本なんですが、ちょっとアレな絵本なんです。

話は単純です。かやねずみが巣をつくり子供を産み、

近くに天敵のいたちがでたので引っ越しする話です。

ただ問題なのは、チュルリの友人であるひばりのある行動なのです。

 

いたちを追い払うために、このひばりはすさまじい眼をしながら

いたちに突っ込むのです。それはもうすごい勢いで、くちばしが背中に

みごとに直撃しているのです。これは痛い程度ではすみませんよ。

絵本の中ではどのくらいの高さから急降下しているかは描かれていませんが、

あの眼の閃光は、殺意そのものです。すさまじいプレッシャーです。

正直こんなアレなキャラが出てくる絵本はどうかと思いますが。

「ボロッチィ」や「ズ・バ・ドバン!ズバドバン!!」のほうがましかなぁ?

「僕にもハンバーグくださーい」「ラッパスイセン」「なんじゃもんじゃはかせ」

はどうかなぁ。王道で「グリとグラ」かなぁ?

ってこの話、みなさん分かります?

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2006年4月13日 (木)

本当に恐ろしいのはゴジラでもビオランテでもなく、人間の心と自衛官のエリートだ!!

ママ(以下マ)「あなた、ゴジラ対ビオランテちゃんとDVDに記憶してくれた?」

パパ(以下パ)「ごめん、忘れてた」

マ「前に録画してって頼んだじゃない」

パ「ごめんごめん、でもそんなに急がなくてもいいじゃん」

マ「ビデオに録画してるんだから、古くなって見れなくなったらどうするのよ。

  それに、最近では年末年始ぐらいにしかやらないじゃない」

パ「わかったわかった、今からしてくるよ。で、どこにあったっけ?」

 

私はゴジラシリーズの最高傑作だと思っています。

ゴジラに立つ向かう自衛官のエリートの行動が怖い怖い。

今あのセリフを言わせることは無理でしょうね。

いまのゴジラは自衛隊に媚びりまくり、ナチスを思わせる制服を着たり

ゴジラよりも人間のほうに重点が置かれています。

 

私はビオランテが全てを象徴していると思います。

ビオランテはある天才科学者の欲望により生み出されました。

そしてその欲望が暴走し、ゴジラに抑えられました。

そしてその欲望は宇宙へと旅立ち、そしてスペースゴジラとして帰ってきました。

ゴジラ対キングギドラ?何のことです?なんの話をしているんですか?

そしてスペースゴジラは、ゴジラの力のみでは抑え切れませんでした。

つまり人間の欲望は地球の守護者でもあったゴジラを振り切ったのです。

そしてどうなったかは、皆さんもご存知だと思います。

 

まったく当時の監督は先見性があったのでしょうね。

なにせまだ関空がなかった頃に作られていますから、

きっとこういう世の中にしたくなかったのでしょうね。

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2006年4月 6日 (木)

ぜひ、考えていただきたい

じゅんこ(以下「じ」)「パパ、日本にはいっぱいお休みがあるね」

パパ(以下「パ」)「そうだね。でも日本人はいっぱい働くからちょうどいいんだよ」

じ「6月にお休みがないんだね」

パ「そうだね。じゅんこはまだ分からないと思うけど、8月も休みがないんだよ」

じ「うそだ~」

パ「じゅんこは夏休みだからわからないんだよ」

じ「でもパパも家にいる時があるよ?」

パ「あれはお盆休みといって、休日とは別のお休みなんだよ」

じ「ふ~ん」

パ「でもね、日本には大切な記念日がないんだよ」

じ「そうなの?なんの記念日?」

パ「それはね、独立記念日だよ。本来は4月28日は独立記念日として、

  休日になってもいいんだよ。でも休みになるどころか

  まったく相手にされないんだよ。建国記念日にはお祭りをするくせに」

じ「そんなに大切な日なの?」

パ「そうだよ。あのアメリカも独立記念日をもっているし、

  お隣の韓国や中国にさえ、独立記念日がある。

  休日を作るのが大好きな日本人に唯一足りない記念日が独立記念日なんだ」

じ「独立してないからじゃないの?」

パ「それは違うよ、じゅんこ。日本はちゃんとした独立国だし、

  パパはそのことを誇りに思っている。でも案外じゅんこが正しいのかもしれない。

  日本のお偉いさんには、日本は独立していないように見えるかもしれない」

 

4月28日までまだ時間があります。よく考えてください。

 

ってまじめなことを書くと大変なことになるのかな?

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